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最近の動向
すっかりご無沙汰ですどうも。ここ2週間で、ちょっとプライベートでごたごたあったり、制作に関わる2つのプロジェクトに接触したりしてました。

…結果!な、何も変わってません。汗

いやでもいろいろと考えることはあったかな。
現状変わってないってだけで。
うーん、今自分が進むべき方向性を模索してる感じです。

相変わらず長文が好きなので、以下追記で。
あ、あと拍手お返事も!

「春のお茶会」と「桜エキシビジョン」を通して、自分が「絵を描く」ということへの手ごたえを、わずかながらに感じられたわけですが、最近どうも迷いが出てます。

うーん、なんというか、目指す方向性がわかんなくなったというか。

今までの目標はね、職業として「イラストレーター」とか「絵本作家」だったわけなんです。それはつまり、「作家で食べていく」ということなんだけど、果たしてそれが「目標」なのかが分からなくなってきた。

それは「2つのプロジェクト」への接触がでかいんだけど、それについて書くのはまだ時期尚早なので今日は別のお話。

最近NHKの「プロフェッショナル仕事の流儀」でお医者さんのお話を見ました。その方は、もちろん職業として医者やってるわけだけど、ほとんど休日もなく、早朝4時まで仕事して、週に三回は手術をする。

想像もできないけど、その人は子どもの頃は海外に居て、挫折してうまくいかずに不良みたいなことしてたらしい。でも日本に帰ってきて、英語の宿題を手伝ったことがきっかけで、「人に感謝される」喜びをはじめて経験した。それで先生に、「一番人に感謝される仕事は何か?」と尋ねて、その答えが医者だったそうです。

やがて医者になったその人は、さらに医学を学ぶために海外に行き、無報酬でいいからと有名病院で働かせてもらう。はじめは実験動物の世話とかばかりさせられて、貯金を切り崩して生活した。でも、自分に出来ることはなにかないのかと、勝手に医療器具の研究をやって、それが認められたことで本格的に医学を学ばせてもらうことができた。

やがて海外で一億を越える年収を手にするようになった彼は、しかし、その報酬を捨ててまで、日本の医学に貢献するため、戻ってきた。尋常じゃない長時間労働と、それに見合わない報酬。そんな人が働く理由は何か?番組で彼はこう答える。

「"ありがとう"と人に言ってもらえることが、私が生きる数少ない理由の一つであり、私が働く唯一の理由です。」

では、そんな彼にとって「プロ」とはなにか?

「経済的動機付けでなく、使命感ややりがいを原動力として事にあたる。それでいて自己の利害、ときには命もかえりみない。いわば、アマチュアリズムの極地が、プロフェッショナルなのではないでしょうか。」


この番組と、あと2つのプロジェクトとの接触、あるいはだいぶ前のアフガニスタンで亡くなった伊藤さんの番組を見て思ったのはね、「絵で食べていく」ということが、果たして「戦争や平和」の問題に貢献することになるのか、ということなのです。

自分は、プロとしてやっていく以上、ファッションデザインの友人Fくんが言った「売れないことは罪」という言葉を胸に刻んでいるし、生きている以上食べていかなきゃいけない。あるいは前の記事にも書いたイコさんとの会話の中で、作家は直接問題解決に貢献できなくても、その作品には十分に同様の意義が存在する、とも思ってます。

例えば絵本が出版されて売れて、自分にお金が入る。人からの依頼でイラストを描いて報酬を得る。それは作品が評価されたということでもあるし、見た人が作品から何かを感じとってくれた証でもあると思う。

でも、そこに自分の人生を賭ける価値があるんだろうか。

迷うのはたぶん、直接的に「戦争や平和」に貢献した、という実感が抱けないからかもしれない。医者は患者さんやその家族と面と向かってやり取りをする。NGOやNPOの人たちは、現地で直接仕事をして、直接海外の人たちと触れ合う。

じゃあ自分は?

…とか、今考えながら書いていて分かった。自分は、もっと目に見える形で、「何か」に貢献したり、直接「人」と触れ合ったりしたいのだ。でも、「イラスト」や「絵本」でそれが不十分だと思うのは、そういったアートという存在に限界があるからでは、決してない。

結局、今の自分に「力」や「努力」が足りてないんだ。

作品でテーマを訴えるとき、それに無関心な人がいるのは、その人が悪いからじゃない。その人の心に訴えることができなかった自分の作品に、問題があるからなんだ。

この問題を解決するということが、イラストレーターや絵本作家になるということにも繋がるんだろうと思う。

つまり、プロとして職業に就くということやお金を手にすることは、動機の一つではあっても、目的や目標そのものではなくて、結果なんだと思う。

おそらくそこには、自分の人生を賭ける価値が、ある。




-------------------------------------------
拍手お返事
>理桜さん
コメントありがとうございます◎
す、すっかりお返事が遅くなってしまってすいません…!汗

将来は戦争や環境問題をテーマにした、イラストレーターか絵本作家になりということで、そういう方に作品を見ていただいたこと、そういう方がいらっしゃるとが、すごく嬉しいです。

この日記と、その前の記事は、実はちょっと理桜さんにも参考にしていただけるかな、と思って書きました。笑

自分はプロでもないですし、まだまだ未熟ですが、七つの森の乾紗英子さんという方は、環境問題をテーマに絵本やイラストを描かれているプロの方ですので、よろしければコンタクトとってみてください◎

あと、「七つの森」の「ギャラリー」→「works」→「くさのみち」のページ最後にある論文PDFファイルを是非読んでみてください。環境問題で作品を制作することについてまとめてあります。
自分はその方とはちょっと方向性が違ってより絵本中心の研究でしたが、やはり卒業論文では戦争や平和をテーマにした絵本についてまとめました。

「環境問題」「戦争や平和」といったものをテーマに、イラストレーターや絵本作家を志す場合、作品のクオリティーは元より、テーマそのものへのスタンスや理論的研究も非常に重要になってくると思います。
絵が描けるだけではだめですし、頭脳だけでもダメなのです。

って、素人が偉そうにすいません…!汗
失礼な文章とかあったらお許しください。

最後になりましたが、応援ありがとうございます。
自分も理桜さんのことを心から応援しております。
できれば作品とか拝見したくて仕方ないです。笑
将来ご一緒に展示とかできると嬉しいなと思います。
「春のお茶会」と「桜エキシビジョン」を通して、自分が「絵を描く」ということへの手ごたえを、わずかながらに感じられたわけですが、最近どうも迷いが出てます。

うーん、なんというか、目指す方向性がわかんなくなったというか。

今までの目標はね、職業として「イラストレーター」とか「絵本作家」だったわけなんです。それはつまり、「作家で食べていく」ということなんだけど、果たしてそれが「目標」なのかが分からなくなってきた。

それは「2つのプロジェクト」への接触がでかいんだけど、それについて書くのはまだ時期尚早なので今日は別のお話。

最近NHKの「プロフェッショナル仕事の流儀」でお医者さんのお話を見ました。その方は、もちろん職業として医者やってるわけだけど、ほとんど休日もなく、早朝4時まで仕事して、週に三回は手術をする。

想像もできないけど、その人は子どもの頃は海外に居て、挫折してうまくいかずに不良みたいなことしてたらしい。でも日本に帰ってきて、英語の宿題を手伝ったことがきっかけで、「人に感謝される」喜びをはじめて経験した。それで先生に、「一番人に感謝される仕事は何か?」と尋ねて、その答えが医者だったそうです。

やがて医者になったその人は、さらに医学を学ぶために海外に行き、無報酬でいいからと有名病院で働かせてもらう。はじめは実験動物の世話とかばかりさせられて、貯金を切り崩して生活した。でも、自分に出来ることはなにかないのかと、勝手に医療器具の研究をやって、それが認められたことで本格的に医学を学ばせてもらうことができた。

やがて海外で一億を越える年収を手にするようになった彼は、しかし、その報酬を捨ててまで、日本の医学に貢献するため、戻ってきた。尋常じゃない長時間労働と、それに見合わない報酬。そんな人が働く理由は何か?番組で彼はこう答える。

「"ありがとう"と人に言ってもらえることが、私が生きる数少ない理由の一つであり、私が働く唯一の理由です。」

では、そんな彼にとって「プロ」とはなにか?

「経済的動機付けでなく、使命感ややりがいを原動力として事にあたる。それでいて自己の利害、ときには命もかえりみない。いわば、アマチュアリズムの極地が、プロフェッショナルなのではないでしょうか。」


この番組と、あと2つのプロジェクトとの接触、あるいはだいぶ前のアフガニスタンで亡くなった伊藤さんの番組を見て思ったのはね、「絵で食べていく」ということが、果たして「戦争や平和」の問題に貢献することになるのか、ということなのです。

自分は、プロとしてやっていく以上、ファッションデザインの友人Fくんが言った「売れないことは罪」という言葉を胸に刻んでいるし、生きている以上食べていかなきゃいけない。あるいは前の記事にも書いたイコさんとの会話の中で、作家は直接問題解決に貢献できなくても、その作品には十分に同様の意義が存在する、とも思ってます。

例えば絵本が出版されて売れて、自分にお金が入る。人からの依頼でイラストを描いて報酬を得る。それは作品が評価されたということでもあるし、見た人が作品から何かを感じとってくれた証でもあると思う。

でも、そこに自分の人生を賭ける価値があるんだろうか。

迷うのはたぶん、直接的に「戦争や平和」に貢献した、という実感が抱けないからかもしれない。医者は患者さんやその家族と面と向かってやり取りをする。NGOやNPOの人たちは、現地で直接仕事をして、直接海外の人たちと触れ合う。

じゃあ自分は?

…とか、今考えながら書いていて分かった。自分は、もっと目に見える形で、「何か」に貢献したり、直接「人」と触れ合ったりしたいのだ。でも、「イラスト」や「絵本」でそれが不十分だと思うのは、そういったアートという存在に限界があるからでは、決してない。

結局、今の自分に「力」や「努力」が足りてないんだ。

作品でテーマを訴えるとき、それに無関心な人がいるのは、その人が悪いからじゃない。その人の心に訴えることができなかった自分の作品に、問題があるからなんだ。

この問題を解決するということが、イラストレーターや絵本作家になるということにも繋がるんだろうと思う。

つまり、プロとして職業に就くということやお金を手にすることは、動機の一つではあっても、目的や目標そのものではなくて、結果なんだと思う。

おそらくそこには、自分の人生を賭ける価値が、ある。




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拍手お返事
>理桜さん
コメントありがとうございます◎
す、すっかりお返事が遅くなってしまってすいません…!汗

将来は戦争や環境問題をテーマにした、イラストレーターか絵本作家になりということで、そういう方に作品を見ていただいたこと、そういう方がいらっしゃるとが、すごく嬉しいです。

この日記と、その前の記事は、実はちょっと理桜さんにも参考にしていただけるかな、と思って書きました。笑

自分はプロでもないですし、まだまだ未熟ですが、七つの森の乾紗英子さんという方は、環境問題をテーマに絵本やイラストを描かれているプロの方ですので、よろしければコンタクトとってみてください◎

あと、「七つの森」の「ギャラリー」→「works」→「くさのみち」のページ最後にある論文PDFファイルを是非読んでみてください。環境問題で作品を制作することについてまとめてあります。
自分はその方とはちょっと方向性が違ってより絵本中心の研究でしたが、やはり卒業論文では戦争や平和をテーマにした絵本についてまとめました。

「環境問題」「戦争や平和」といったものをテーマに、イラストレーターや絵本作家を志す場合、作品のクオリティーは元より、テーマそのものへのスタンスや理論的研究も非常に重要になってくると思います。
絵が描けるだけではだめですし、頭脳だけでもダメなのです。

って、素人が偉そうにすいません…!汗
失礼な文章とかあったらお許しください。

最後になりましたが、応援ありがとうございます。
自分も理桜さんのことを心から応援しております。
できれば作品とか拝見したくて仕方ないです。笑
将来ご一緒に展示とかできると嬉しいなと思います。

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