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野球と政治の話はするな
すごーく突然だけど、戦争や平和について思っていることを、ちょっとでも文章化しなければならない時期に来ている気がします。

今回の展覧会でそれを個人テーマにする上でもまとめておきたいし、自分の創作における最大テーマだって意味でもそうだし、これでまでの人生とかにも深く関わっているので。でもだからこそ、単純に文章化するのはすごく難しいです。

いや、すごく客観的に見てね、戦争がテーマな作品を作ってるけど、この人はいったいどういう立場で、どれほどの知識や見識を持てって、何がしたいのか、ちょっと分からない。と思われてるんじゃないかなって思うんです。

本当は、それを作品で伝えられるのが一番いいと思うんだけど、生憎その力はまだ自分にはないんだろうな。それで、たぶん支離滅裂な個人メモになると思うけど、自分が前に進むためにも、少しずつこの場で記していこうと思います。

さてこれから文章を書くに当たって、「野球と政治の話はするな」と言われる通り、政治とか歴史認識の問題で、人によっては非常に不快な内容になる恐れがあります。更に言えば、自分の話す内容が正しいという保証はどこにもなくて、読んだ人に誤った見識を与える可能性もあります。

そのことを十分認識した上で、それでも興味のある人は追記からどうぞ。

…なんだか大風呂敷を広げちゃったみたいで、いざ書こうとなると萎縮しちゃいますね。ま、自分は専門家でもなんでもないただの一般人なので、気楽に構えてみます。

まずは、そうだなー戦争や平和に興味を持つようになったきっかけからやっぱりいってみようかな。今回は単純に個人メモで、特に主張とかはないですよー。

興味を持つきっかけは、うーん、幼少期まで遡るかな。自分は10歳頃まで長崎県佐世保市で暮らしてたんだけど、そこは昔から重要な軍港で、終戦後も自衛隊基地や米軍基地が置かれてた。当時も佐世保港には自衛隊の護衛艦、空母や巡洋艦といった米軍の軍艦が普通に見られたし、街を行きかう人々には軍関係の外国人や制服姿の自衛官が驚くほど多く見られたっけ。

でも、そういった状況はいわば“当たり前”のことで、特別な感情があったわけではないです。実際、生活の中で気さくで礼儀正しい彼らとは普通に接触していたし、その子ども達もいた。住居のすぐ近くにある米軍基地からは毎朝アメリカ国歌が流れ、夏場には米軍の盛大な花火大会が何度もあったりして、自分にとってそれは街の一部だった。信じ難いと思うけど、町で見る人の3割くらいは外人だった気がする。当時。
というか、日本のどこいっても外人ばっかりだと思ってた。笑

沖縄とかと違って空軍基地がなかったために墜落事故や騒音問題がなかったことも大きいのかもしれないけど、米軍居住区を隔てるフェンスとかむしろ異様に思えてたかな。

で、その状況を意識するきっかけってのがすごく笑っちゃうんだけど、誕生日に父親から買ってもらった“Uボート”っていうプラモデル。第二次大戦中のドイツ軍の潜水艦なんだけど、自分の名前と同じで、しかも海が好きだった自分は、これに妙に愛着を持って、それ以後軍艦のプラモデルにはまりました。

勿論、幼なかったから“戦争”とか全然わかってなかったけど、ただその重厚で独特のかっこよさに魅かれていたんだと思う。“戦争”の産物、それも銃や戦車といった直接人と人が対峙する陸上兵器や、戦闘機や爆撃機といった少人数単位で動かす航空兵器ではなく、外見上最も人を意識することのない艦船という海上兵器、しかも“かっこよさ”から入った自分の戦争への興味は、たぶんすごく歪んでたと思う。

で、実際自分の興味の過程は、兵器をまず中心として、戦術面、戦略面へ広がって、いわゆる軍事関係に偏ってた。倫理面とか政治面に行かなかったのは、興味の最初の発端がドイツの潜水艦だったために、いわゆる枢軸国側に感情の肩入れがあったせいもあると思う。

しかも、この時期に福岡県に転居して、佐世保の状況が“普通”ではないと知ると同時に、外国人との接触が絶たれたせいか、反動的に一種のナショナリズムへ思想傾倒する時期があった…と思う。今思えば。

というか、二次大戦系の軍事的資料って、やっぱりナショナリズムを帯びてるようねー。「我が軍」とかいう言い方とか、「いかに日本軍が戦ったか」っていう視点は、その戦争の正当性とか主張する意図がまったくなくても、どうしても日本側に肩入れしちゃうわけで。それは日本人だから当然でもあるし、いいか悪いかは別としてね。特に幼いとさ。

で、15歳ごろまで続いたこの興味や思想は、一部の軍事的な資料本や戦争関係の本を除くと、プラモデル・漫画・ゲーム・小説・映画といったいわゆるサブカルチャーの産物によって支えられていたわけです。
この中に出てくる戦争は、非日常のドラマチックな世界であって、何か心をひきつけて離さない確かな魅力があったと思う。誤解を恐れずに言うと、例えば戦国時代で武将が活躍した話とかさ、そういうのと同種の魅力だと思う。つまり、歴史的な事実に基づいた過去の逸話みたいなね。

でも、拡大する興味の中で、15歳を越えたあたりから直面した戦争の倫理性や矛盾・悲惨さを教えてくれるきっかけとなったのも、歴史の教科書とかじゃなくて、漫画や小説や映画だった。
「ホタルの墓」とか「はだしのゲン」とか「戦艦武蔵の最期」とかとか。

さらに言えばこの興味の拡大は、感情的に戦争がどうとかとは別に、例えば当時の政治的経済的状況とかから、いかに「論理的に」戦争が引き起こされるのかを知ることにもなったわけです。国民感情だけで戦争は起こらないし、逆にそれだけでは止めることもできないと思うようなったり。もっと根深いよね。とりわけ経済というものは想像以上に深く絡んでいると思う。

で、これって自分で言うのもなんだけど、すごく特殊な興味の持ち方だと思うのね。平和教育とかってさ、戦争の悲惨さやその現実を隠すことなく伝えたりして、戦争はダメって話が多いんだけどさ、戦争ってそんなに単純じゃないよね。
兵器や軍隊の存在そのものを否定する意見も理想論としては理解できるんだけど。

例えば原爆。自分は核兵器廃絶に賛成だし、将来的に理想的に核兵器はなくなればいいと思ってる。広島や長崎の悲劇は絶対に繰り返してはならないとも思う。
でも、原爆が大国間同士の戦争を消滅させたのも事実だよね。いわゆる核の傘。もし核兵器がなければ、ソ連のワルシャワ条約機構軍とアメリカのNATOは史上最大の戦争を繰り広げていたかもしれないわけじゃん。そういう意味で、極めて現実的に考えれば、核兵器が「平和に貢献した」とも言えるわけです。

もちろん核兵器は、ある意味で「人類を絶滅させる力」を持ってるわけだけど、「Lord of War」って映画にもあったように、現実に戦争で亡くなった人の大半は「銃」で撃たれて死んでる。そういう意味では、史上最大の大量破壊兵器と言えるのは核兵器よりAK47をはじめとした銃器。そしてその輸出国は国連安保理の常任理事国である米・露・中・英・仏。変な話だよね。

なんだか話がずれたけどさ、要するに感情的な部分ってのは一番重要な支柱になる部分だと思うんだけど、それプラス軍事とか外交とか異文化理解とか、そういう知識もないといけないと思うし、情報の真偽を見極める力もいると思う。

例えば、イスラエルのガザ地区侵攻についても、自分たちは意識してなくても、西欧的な価値観が根付いちゃってて、極めて無意識的に、そして公平なようでありながら、批判しているようでありながら、実はイスラエルよりの報道ってすごく多い。と、個人的には思う。
ハマスはパレスチナに民主的に支持されてて、福祉や医療を行っているんだけど、これが報道されるとき「ハマスは福祉や医療を行うことで民衆から指示を得てきた」とされるのね。つまり、福祉や医療が「支持を得るための手段」として行われてきたかのように報道されてる(ことが多いように思う)。もちろん、完全にそれがないとは言えないけど、結果的には極めて巧妙な印象操作になってる気がする。ロケット弾攻撃も、何の脈略もなくハマス側がから行ったように報道されるし、なにより「テロ組織」とよばれちゃってるし。

ごめんまた話が逸れた。とにかく、今の平和教育の仕方ってのは、悲惨さのあまり興味を失うか、戦争が何たるかを知らず誤った方向で戦争を憎むだけのものになりかねないんじゃないかなって思うんです。

それで話は前後するけど、とにかくこんな風に興味関心が広がってきた高校時代に、2001年の同時多発テロ事件が起こったのです。テレビで見てました当時。そしてアメリカのアフガニスタン侵攻・イラク戦争がおきました。

この一連の戦争こそ、自分の人生の価値観を根本から覆すようなことでした。
ベトナム戦争も湾岸戦争もリアルタイムで見てなくて、阪神大震災も松本サリン事件当時も幼くて、まだ世界を理解せずに、過去の第二次大戦に捉われていた自分は、それまで世界は平和だと思ってた。日本には関係ないと思ってた。

戦争ってのは、それまで自分にとって過去のことだった。
昔のことで歴史上のことで、自分にとって関係ないことだった。

そんな自分がはじめて世界を、戦争を実感したのが、イラク戦争だった。


大国の嘘と民間人の犠牲をはじめてリアルタイムで知った。

日本の自衛隊派兵と、アメリカに追従する日本政府を見た。

イラン・イラク戦争やパレスチナ問題、湾岸戦争から連なる歴史の鎖を実感した。

中東という異文化にはじめて接触した。


この衝撃はとても言葉にはできない。


自分がこの問題を無視して、極めて恵まれた平和的環境において、
のうのうと絵を描いていていいのか。

工場が好きだし海が好きだからそれを描こうとか、
マチエールの質感がどうとか、色がどうとか、絵が上手いとか下手とか、

もうそんな問題は、本当に瑣末に思えた。
そして自分の絶望的な無力さを知った。

人一倍戦争や平和に関心があると言いながら、その実、自分には現地に行く勇気も、著名活動する行動力も、反対デモをすることさえできなかった。

自分はそんなに無力なものなのか。
アートってのは、そんなに無力なものなのか。

何かを変えるためには、破壊と殺戮が必要なのか。
何かを創り出すことで、変えることはできないのか。


たぶんその疑問が、自分の創作の原点だと思う。
…なんだか大風呂敷を広げちゃったみたいで、いざ書こうとなると萎縮しちゃいますね。ま、自分は専門家でもなんでもないただの一般人なので、気楽に構えてみます。

まずは、そうだなー戦争や平和に興味を持つようになったきっかけからやっぱりいってみようかな。今回は単純に個人メモで、特に主張とかはないですよー。

興味を持つきっかけは、うーん、幼少期まで遡るかな。自分は10歳頃まで長崎県佐世保市で暮らしてたんだけど、そこは昔から重要な軍港で、終戦後も自衛隊基地や米軍基地が置かれてた。当時も佐世保港には自衛隊の護衛艦、空母や巡洋艦といった米軍の軍艦が普通に見られたし、街を行きかう人々には軍関係の外国人や制服姿の自衛官が驚くほど多く見られたっけ。

でも、そういった状況はいわば“当たり前”のことで、特別な感情があったわけではないです。実際、生活の中で気さくで礼儀正しい彼らとは普通に接触していたし、その子ども達もいた。住居のすぐ近くにある米軍基地からは毎朝アメリカ国歌が流れ、夏場には米軍の盛大な花火大会が何度もあったりして、自分にとってそれは街の一部だった。信じ難いと思うけど、町で見る人の3割くらいは外人だった気がする。当時。
というか、日本のどこいっても外人ばっかりだと思ってた。笑

沖縄とかと違って空軍基地がなかったために墜落事故や騒音問題がなかったことも大きいのかもしれないけど、米軍居住区を隔てるフェンスとかむしろ異様に思えてたかな。

で、その状況を意識するきっかけってのがすごく笑っちゃうんだけど、誕生日に父親から買ってもらった“Uボート”っていうプラモデル。第二次大戦中のドイツ軍の潜水艦なんだけど、自分の名前と同じで、しかも海が好きだった自分は、これに妙に愛着を持って、それ以後軍艦のプラモデルにはまりました。

勿論、幼なかったから“戦争”とか全然わかってなかったけど、ただその重厚で独特のかっこよさに魅かれていたんだと思う。“戦争”の産物、それも銃や戦車といった直接人と人が対峙する陸上兵器や、戦闘機や爆撃機といった少人数単位で動かす航空兵器ではなく、外見上最も人を意識することのない艦船という海上兵器、しかも“かっこよさ”から入った自分の戦争への興味は、たぶんすごく歪んでたと思う。

で、実際自分の興味の過程は、兵器をまず中心として、戦術面、戦略面へ広がって、いわゆる軍事関係に偏ってた。倫理面とか政治面に行かなかったのは、興味の最初の発端がドイツの潜水艦だったために、いわゆる枢軸国側に感情の肩入れがあったせいもあると思う。

しかも、この時期に福岡県に転居して、佐世保の状況が“普通”ではないと知ると同時に、外国人との接触が絶たれたせいか、反動的に一種のナショナリズムへ思想傾倒する時期があった…と思う。今思えば。

というか、二次大戦系の軍事的資料って、やっぱりナショナリズムを帯びてるようねー。「我が軍」とかいう言い方とか、「いかに日本軍が戦ったか」っていう視点は、その戦争の正当性とか主張する意図がまったくなくても、どうしても日本側に肩入れしちゃうわけで。それは日本人だから当然でもあるし、いいか悪いかは別としてね。特に幼いとさ。

で、15歳ごろまで続いたこの興味や思想は、一部の軍事的な資料本や戦争関係の本を除くと、プラモデル・漫画・ゲーム・小説・映画といったいわゆるサブカルチャーの産物によって支えられていたわけです。
この中に出てくる戦争は、非日常のドラマチックな世界であって、何か心をひきつけて離さない確かな魅力があったと思う。誤解を恐れずに言うと、例えば戦国時代で武将が活躍した話とかさ、そういうのと同種の魅力だと思う。つまり、歴史的な事実に基づいた過去の逸話みたいなね。

でも、拡大する興味の中で、15歳を越えたあたりから直面した戦争の倫理性や矛盾・悲惨さを教えてくれるきっかけとなったのも、歴史の教科書とかじゃなくて、漫画や小説や映画だった。
「ホタルの墓」とか「はだしのゲン」とか「戦艦武蔵の最期」とかとか。

さらに言えばこの興味の拡大は、感情的に戦争がどうとかとは別に、例えば当時の政治的経済的状況とかから、いかに「論理的に」戦争が引き起こされるのかを知ることにもなったわけです。国民感情だけで戦争は起こらないし、逆にそれだけでは止めることもできないと思うようなったり。もっと根深いよね。とりわけ経済というものは想像以上に深く絡んでいると思う。

で、これって自分で言うのもなんだけど、すごく特殊な興味の持ち方だと思うのね。平和教育とかってさ、戦争の悲惨さやその現実を隠すことなく伝えたりして、戦争はダメって話が多いんだけどさ、戦争ってそんなに単純じゃないよね。
兵器や軍隊の存在そのものを否定する意見も理想論としては理解できるんだけど。

例えば原爆。自分は核兵器廃絶に賛成だし、将来的に理想的に核兵器はなくなればいいと思ってる。広島や長崎の悲劇は絶対に繰り返してはならないとも思う。
でも、原爆が大国間同士の戦争を消滅させたのも事実だよね。いわゆる核の傘。もし核兵器がなければ、ソ連のワルシャワ条約機構軍とアメリカのNATOは史上最大の戦争を繰り広げていたかもしれないわけじゃん。そういう意味で、極めて現実的に考えれば、核兵器が「平和に貢献した」とも言えるわけです。

もちろん核兵器は、ある意味で「人類を絶滅させる力」を持ってるわけだけど、「Lord of War」って映画にもあったように、現実に戦争で亡くなった人の大半は「銃」で撃たれて死んでる。そういう意味では、史上最大の大量破壊兵器と言えるのは核兵器よりAK47をはじめとした銃器。そしてその輸出国は国連安保理の常任理事国である米・露・中・英・仏。変な話だよね。

なんだか話がずれたけどさ、要するに感情的な部分ってのは一番重要な支柱になる部分だと思うんだけど、それプラス軍事とか外交とか異文化理解とか、そういう知識もないといけないと思うし、情報の真偽を見極める力もいると思う。

例えば、イスラエルのガザ地区侵攻についても、自分たちは意識してなくても、西欧的な価値観が根付いちゃってて、極めて無意識的に、そして公平なようでありながら、批判しているようでありながら、実はイスラエルよりの報道ってすごく多い。と、個人的には思う。
ハマスはパレスチナに民主的に支持されてて、福祉や医療を行っているんだけど、これが報道されるとき「ハマスは福祉や医療を行うことで民衆から指示を得てきた」とされるのね。つまり、福祉や医療が「支持を得るための手段」として行われてきたかのように報道されてる(ことが多いように思う)。もちろん、完全にそれがないとは言えないけど、結果的には極めて巧妙な印象操作になってる気がする。ロケット弾攻撃も、何の脈略もなくハマス側がから行ったように報道されるし、なにより「テロ組織」とよばれちゃってるし。

ごめんまた話が逸れた。とにかく、今の平和教育の仕方ってのは、悲惨さのあまり興味を失うか、戦争が何たるかを知らず誤った方向で戦争を憎むだけのものになりかねないんじゃないかなって思うんです。

それで話は前後するけど、とにかくこんな風に興味関心が広がってきた高校時代に、2001年の同時多発テロ事件が起こったのです。テレビで見てました当時。そしてアメリカのアフガニスタン侵攻・イラク戦争がおきました。

この一連の戦争こそ、自分の人生の価値観を根本から覆すようなことでした。
ベトナム戦争も湾岸戦争もリアルタイムで見てなくて、阪神大震災も松本サリン事件当時も幼くて、まだ世界を理解せずに、過去の第二次大戦に捉われていた自分は、それまで世界は平和だと思ってた。日本には関係ないと思ってた。

戦争ってのは、それまで自分にとって過去のことだった。
昔のことで歴史上のことで、自分にとって関係ないことだった。

そんな自分がはじめて世界を、戦争を実感したのが、イラク戦争だった。


大国の嘘と民間人の犠牲をはじめてリアルタイムで知った。

日本の自衛隊派兵と、アメリカに追従する日本政府を見た。

イラン・イラク戦争やパレスチナ問題、湾岸戦争から連なる歴史の鎖を実感した。

中東という異文化にはじめて接触した。


この衝撃はとても言葉にはできない。


自分がこの問題を無視して、極めて恵まれた平和的環境において、
のうのうと絵を描いていていいのか。

工場が好きだし海が好きだからそれを描こうとか、
マチエールの質感がどうとか、色がどうとか、絵が上手いとか下手とか、

もうそんな問題は、本当に瑣末に思えた。
そして自分の絶望的な無力さを知った。

人一倍戦争や平和に関心があると言いながら、その実、自分には現地に行く勇気も、著名活動する行動力も、反対デモをすることさえできなかった。

自分はそんなに無力なものなのか。
アートってのは、そんなに無力なものなのか。

何かを変えるためには、破壊と殺戮が必要なのか。
何かを創り出すことで、変えることはできないのか。


たぶんその疑問が、自分の創作の原点だと思う。

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