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僕たちの戦争観―『スカイ・クロラ』と『となり町戦争』から
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 今日は前々から見たいと思ってた映画『スカイ・クロラ』を見てきました。その後、渋谷パルコで行われている「だれも知らないイランの絵本展」と、BUNKAMURAでやってる「ミレイ展」も見て久しぶりに休日を満喫…!

 「イランの絵本展」と「ミレイ展」ともとてもよくて、いろいろ感想を書きたいんだけど、今日は個人的なメモとして、前読んだ「となり町戦争」と「スカイ・クロラ」についてちょこっと思ったことを論文っぽく書きます。
 以下その2作品について壮絶なネタバレを含んでますので、まだ見てない方は読まない方がよいです。両方ともすごくオススメなんで、興味ある方は是非見てみてください。

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僕たちの戦争観―『スカイ・クロラ』と『となり町戦争』から
 「スカイ・クロラ」は、公式サイトで予告偏見ただけで原作も知らずに予備知識ナシで見たんですが、とてもとても好きな映画になりました。ってか本当に思ったことメモなんで、時系列とかテーマとか分かりやすさとか抜きに書きます。作品見てないと何言ってるのかあまり分からないと思うけど、あしからず。

"感動なき戦争"
 「スカイ・クロラ」と「となり町戦争」、共に戦争が大きなテーマにありながら、実は両方とも作品を読んで大きな感動を受けたり、涙が出たりということはなかった。なんだろう、この淡々とした描写と現実感のなさと虚無感は。それでいて共感してしまう源は。気づいたのは、どちらも目を覆いたくなるような悲惨なシーンとか、戦争につきものの悲劇とか、そんなことがまったく描写されてないのだ。かといって、いわゆる戦争映画にありがちな精神的な高揚とか、愛国心とか使命感とか、友情とか、そういったものもない。「戦争がいけないことだ!」と声高に叫ぶわけでもなければ、「かっこいい戦争」を見せるわけでもない。だからこそ、余計に強いメッセージ性を感じるんだと思う。感動しなくても、涙を流さなくても、すごく印象深い。”現実感のない戦争”は、逆に実際にそれを体験したことのない現代人にとっての、いや少なくても自分の”現実の戦争観”なのだ。

"スカイ・クロラ―平和のための戦争"
 「スカイ・クロラ」では、戦闘機"散香"が第二次大戦中の兵器、"震電"をモチーフにしてたりとか、他にもいろんな兵器をモチーフにしてると分かって興味深かったし、時代や場所の設定もイギリスとドイツで行われた「バトル・オブ・ブリテン」になぞられていると気づく。戦闘描写も「空軍大戦略」や「頭上の敵機」といった往年の戦争映画に影響を受けているのは間違いないだろう。さっき"現実感がない"と書いたけど、映像としてはフィクションのアニメでありながら極限までリアリティがあると思う。
 それにも関わらず、いや、だからこそ、戦闘機乗りの子どもたち「キルドレ」の日常で、あまりに淡白な、受身の生活が際立っている。仲間が死んでも、いや終盤の主人公の死ですら、まるで「なんでもないこと」のように感じられる。「だって、仕事だから。他の仕事と同じですよ。」という主人公函南のセリフ、「人類はあらゆる時代で戦争を必要としていた。平和を実感するために、リアルな戦争が必要。」という草薙の言葉は、示唆に富んでいる。実際、この映画の世界での戦争は管理されている。負けないように、勝たないように、「キルドレ」以外の人びとが平和を実感するために、ほどほどに調整される戦争。「キルドレ」は戦死するまで死なず、老いず、戦い続け、そして死んでも再生する。主人公函南は、最後にそんな日常を、戦争を、変えようとした。戦争を終わらせるために、絶対に倒されてはならない敵、「ティチャー」を殺すことで。結果的に非情なほど願いは叶わず、EDのスタッフロール後のシーンで、この終わらない戦争は一層強調されるのだが、草薙の「あなたを待っていました。」という最後のセリフは、「いつか、函南の生まれ変わりが、何かを変えてくれるかもしれない。」という願いをあらわしているように思う。終わらない、平和を実感するための戦争を、終わらせるために。
 今日本で生きている人びとは、経済的・社会的に他国よりはるかに恵まれながら、それでも幸せか?というとそうでないという人が多いと思う。今を生きることに、少なくても自分も精一杯なのだ。だから、他人に対しても無関心に振舞う。めんどうなことは嫌い。でも時々、ニュースで報道される他国での戦争を見ることで、時に自分の幸せを、平和を実感している一面があるように思う。戦死したキルドレを「可哀そう」だと涙を流す大人に、だから草薙は言うのだ。「可哀そうなんかじゃない。同情なんかで、あいつを侮辱するな!」
 身近ではない遠くの戦争。自分には絶対に害が及ばない、けれど現実の悲劇。それを見て僕たちも感じている。少なくても、自分はこの人達より平和で、幸せなのだと。

"となり町戦争―経済のための戦争"
 「となり町戦争」は、「スカイ・クロラ」よりもいくらか直接的な示唆を含んでいる。主人公は、まさに現代の日本に生きる等身大の人間で、わけもわからずに、"町同士の戦争"に巻き込まれていく。悲惨なシーンや戦闘シーンが一切なく、まるで現実感がない。なのに戦死者は確実に増えていく。主人公は、自分が「戦争に協力している」という実感もないまま、ただ言われるままに、いつの間にか戦争に協力しているのだ。くどいほどお役所仕事の、手続き、淡々とした公共事業の一環として行われる戦争。
 それでも、なんとか現実を掴もうとして、「この戦争にはなんの意味があるのか」と問いかけるのだが、戦争を遂行するお役所勤めのヒロインはこう答える「自治体行政の運営においても、一般の会社と同じようにマネジメント感覚が求められだしていることは、あなともご存知かと思います。(中略)例えば、区画整理事業では、住み慣れた家を追われ、しかも敷地面積も減少するという負担を住民に強いるわけですが、それによって将来にわたっての街の住みやすさ、地価の上昇が確保されるわけです。今回の戦争事業も、確かに短視的にみれば百人の犠牲は大きいかもしれません。しかし私たち行政を担う者は、常に五年先、十年先の町のありようを視野にいれて動いていかねばならないのです。」
 また、本編とは別章のお話にはこんな言葉が出てくる。「戦争とは破壊的な行為ですが、有史以来、我々の文明が戦争によって大きく進歩を遂げてきたこともまた周知の事実です。自治体レベルの戦争でも然り。戦争とは一面から見れば、市町村合併による行財政効率化の促進、地場中小企業の振興、住民の帰属意識の強化など、効果は様々です。」「戦争によって、直接、間接に生じた利潤は、この国の隅々まで還流しているのですよ。」「この国に生きる以上、戦争に関わっていようがいまいが、好むと好まざるとに拘わらず、私は誰かを間接的に殺しているのです。」
 このような戦争観は、いわば自分たちが学校の平和教育でならったような「絶対悪」あるいは「悲惨な出来事」とは違った一面を表現していて興味深い。実際、現代の「戦争」は民族の対立とか宗教観の違いとかいったものは複合的な要因として絡んでいても、むしろ経済的・政治的・社会的効果を狙ったものの方が圧倒的に多いように思う。「スカイ・クロラ」での戦争も、企業が戦争を受けもち、キルドレは"商品"として誕生しているのだ。

 両者の戦争は、例えその表現が違っていても、恐ろしいほどに共通して現代日本人の戦争観を強く刺激し、問題提議をしている。型にはまった「絶対悪」としての戦争の概念、「どうすることもできない」「自分とは関係ない出来事」というベールに包まれたような無力感、決して無関心ではないのだが、しかし戦争について実感がなく、また戦争そのものを深く捉え、考えることのできない戦争観。この状況に対する両者の問題定義は、まさに自分が幼い頃から戦争について考えてきたことを、現代の戦争の一面を的確についているように思う。
 「スカイ・クロラ」は、最強の敵ティチャーを倒そうとすることで、「となり町戦争」では最愛の人を意外な形で失うことで、「戦争」を変えようと、あるいは実感させようとした。しかし、この2作品を受けて「現実の戦争、今現在の戦争に対してどうすればいいのか。」というのは難しい問題だ。実際、戦争がいけないことなのか、どうすればいいのか、両者を見ているとわからなくなってくる。けれど、見た人がそれについてわずかでも考え、少しでも行動することが、重要なのだと思う。
 少なくても"戦争を考える絵本"を作りたいと思っている自分にとって、この2作品は、大きな刺激になった。小説や映画とは違って、絵本ならではの表現で、両者のように「戦争について考えるきっかけ」を作りたい。


"僕たちが戦争に反対できるかどうかの分岐点は、この「戦争に関する底知れない恐怖」を自分のものとして肌で知り、それを自分の言葉として語ることができるかどうかではないかと。スクリーンの向こうで起こっているのではない、現実の戦争の音を、光を、痛みを感じることができるかどうか。"―「となり町戦争」より














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